039405 ランダム
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花ごよみ

花ごよみ

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龍の珠

花入紫珠


綾乃は しばらく岩穴を見つめたまま思案しておりましたが
にわかに きっ、と口元を引き締めたかと思うと
  今来た道を 小走りに戻って行きました

  そうして 元の岩の所まで来ると
ためらう事なく 岩穴に向かって降り始めました


足場は 案外に広く
綾乃にも 難無く降りることができました

間近で見る穴は 対岸で見た感じよりもずっと重苦しく
ずっと不気味に 奥へ奥へと視線を吸い込んでいきました

すると

まるで 綾乃が来るのを待って居たかの様に
穴の奥から 何とも言えない芳しい香りが 静かに漂ってきました
それは 良く知っている様でもあり 初めての様でもある香りでした

思いもかけず 場違いな程の穏やかな空気に包まれた綾乃は
つい今しがたまでの気味の悪さも忘れ
真っ暗な穴の中へ ゆっくりと足を踏み入れました


穴の中は 一寸先も判らぬ程の暗闇でした


綾乃は 壁に這わせた指先と 足下の感覚だけを頼りに
そろりそろりと 奥の方へ進んで行きました

道は 平坦ではありませんでしたが一本道でした
途中幾度も つまずいたり頭をぶつけたりしながらも
綾乃は 迷う事なく進んでいく事ができました

ときに上り ときに下り ゆるゆるとくねりながら
穴はいつ果てるともなく続いておりました

しかし 不思議な香りだけは
  薄れもせずに ずっと綾乃を包み込んでおりました
むしろ ひと足ごとに強さを増している様でした


何の物音もせず 一筋の光すら見えない闇の中で
一体どのくらい歩いたのか 見当もつかなくなってきた頃
今までになく天井が下がってくるのが 伸ばした指先に感じられました

『このまま行き止まりになってしまうのかしら…?』

首をすくめ
頭を下げ
ついには腰を屈めなければならない程 低い所を通り抜けた次の瞬間
ふいに 新鮮な空気が胸一杯に広がりました

水玉ライン

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